もう一つの格闘球技 オーストラリアン・フットボール

第4回・再びシドニーへ

 

1995年夏。あのオージーボウルとの衝撃的な出会いから、既に8年が経過していた。 

私は思うところがあって勤めていた会社を退職し、大阪に戻ることを決めた。そして同時に、再びオーストラリアを旅することを決めた。目的はもちろん、オージーボウルを中心とした豪州スポーツの観戦である。

 今回は前回のようなパックツアーとは異なり、成田・シドニー間の往復航空券のみの購入となった。もはやただの観光ツアーなどには殆ど興味が無く、時間の許す限りスタジアムで時間を過ごすことにした。

それにせっかく退職直後の、時間も金も余裕があるときだ。今回は時間もたっぷり取って、20日間以上に及ぶ長期旅行となった。そして昼間は短期の英語学校にも入って、実地で英会話を学んでおこうと考えた。だから、今度はさすがについて来てくれる友人もいない。完全な一人旅となった。さすがに少し心細かったが、仕方が無かった。

 シドニーに到着した私は、さっそく安いホテルに宿をとり、街に繰り出した。目指すは、シドニー・クリケットグラウンド(SCG)である。今回は事前の下調べも済ませておいたので、うろうろ迷わなくても目的地に着くことが出来た。

 緑に囲まれた公園の中にそびえ立つ、懐かしいスタジアムの建物が見えてきた。年月をほんの少し経たとはいえ、何も変わらない、美しいたたずまいのSCGが私を出迎えてくれた。早速チケットを購入し、その日の夜に行われる試合を観戦することにした。

 シドニー・スワンズ。このSCGを本拠とするオーストラリアン・フットボールの強豪チームだ。このスワンズのホームゲームが、私のオージールールズ初観戦となった。

まずここで初観戦を済ませておいて、実際の試合に慣れておいてから、いよいよオージールールズの聖地・メルボルンに殴りこみをかける。我ながら完璧なプランだわい…などと一人悦に入っていた。 

試合前から、客席はなかなかのにぎわいを見せていた。チームカラーの赤と白のマフラーや毛糸の帽子を身につけている人や、手作りの横断幕を手になにやら叫んでいる子供たち。そしてなにより意外なのは、お年よりの姿がけっこう目に付いたということだ。まさに老若男女、様々な人々がこのスポーツを好んでいることが客席を見ているだけで分かった。

しかしこんな激しいスポーツ、お年よりはあんまり好きじゃ無いと思うのだが…でもまぁ日本でも、プロレスの好きなお年よりって多いから、歳をとっても血の気の多い人って意外に多いのかもしれないな…などとくだらないことを考えているうちに、試合開始の時間がやってきた。

軽快な音楽に合わせて、フィールドに両チームの選手が入場してきた。あらん限りの大声を張り上げて、一生懸命声援を送る観客たち。私も始めてみる試合、初めて目にするチームなのに、思わず大声を張り上げていた。

いよいよ試合開始、夢中で試合を見る。間近で体験するオージーのプレーはやはり、映像で見るものとは全く違うものであった。ボールを蹴る音、身体と身体がぶつかり合う音。選手の怒声、そしてコンタクトした選手の呻き声。これらがダイレクトに自分のところまで飛び込んでくるのだ。

そしてめまぐるしく動く楕円球。最初の数分間は、このボールの動きを追うだけで精一杯であった。観客もどんどんヒートアップしていく。相手の選手が反則をおかすと、容赦の無いブーイングが沸き起こる。

私は興奮の中、それでも写真を撮ったり、ビデオカメラを回したりして、なんとかこの自分のオージー初体験を残しておこうと必死になっていた。しかし興奮しているから、ビデオを回しながら見ていると、なぜか試合を実況しながらカメラを回していることに気付いたのだ。それも周りに聞こえるような大声で。

何人かのお客さんが、そんな私を見て笑っていた。私も少し恥ずかしくなり、そのお陰で少しクールダウンすることが出来た。

やがて私は、ひとつの事実に気付いた。

私のほかに外国人観光客らしき人は、少なくとも周辺には一人もいなかった。それどころか、アジア系住民の顔さえほとんど見かけることが無かったと記憶している。やはりこのスポーツは、多民族国家といわれるオーストラリアの中でも、もともとこの国に住んでいた英国系住民の為のスポーツなんだろうか…

そう考えるとなんだか急に心細くなり、自分がとても場違いなところに来てしまったような気がして来た。、居たたまれなくなって、この席に座っていることさえ恥ずかしく感じるようになってきたのだ。ちょっと大げさに言えば、まるで異教徒の巡礼の中に紛れ込んだかのような感覚であった。

ビールでも飲もう。そう思って、私は席を立った。そんな私の肩を、すれ違いざまにポンと叩く人がいた。(続く)

 

 

 

 

 
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