もう一つの格闘球技 オーストラリアン・フットボール
第三回・つのる思い オージーボウルの開幕より1週間早く現地に来てしまった私は、けっきょく生の試合を見ることが出来ないまま帰国の日を迎えることになってしまった。 無念。この一語に尽きた。情報が無く仕方が無い一面もあったが、それにしてもわずか一週の差は悔しすぎた。パッケージツアーゆえ、滞在期間の変更も不可能だ。 私は未練をたっぷり残し、日本に戻る飛行機に乗り込むこととなった。ただひとつだけ収穫があった。現地で発行されている専門誌を見つけ買うことが出来たのだ。この中にはリーグ戦のスケジュールが掲載されていた。だからチーム名やリーグ戦開催時期について知ることが出来たのである。 それによると、リーグ戦は3月に開幕し、毎週末公式戦が行われる。そして9月に決勝戦「グランド・ファイナル」がメルボルンで開催されるという。 もう一つの重要なな発見は、このオージーボウルと言うのは主として、メルボルンを中心とするヴィクトリア州で人気のあるスポーツであり、シドニーのあるニューサウス・ウェールズ州ではあまり人気が無いということであった。シドニーにも「スワンズ」という球団があるのだが、その他殆どのチームがヴィクトリア州に本拠地を置いていることも分かった。 シドニーの現地紙を見ても、オージー関連の記事を見つけることが出来なかったのはそういう事情があったのだ。そしてシドニーでは、「ラグビーリーグ」と言うスポーツが人気だと言うことも分かった。実はこの「ラグビーリーグ」については日本でもたまに報道がなされていたので少しだけだが知っていた。 それにしても、さすがは国土の広いオーストラリア。都市や地域が異なれば人気スポーツが違うなんて、日本ではあまり想像できないことだ。 帰国後もオージーボウルについての思いはつのる一方であったが、なにぶん情報が少なすぎて、それ以上に何か具体的な動きを起こすことは出来なかった。夏(向こうの冬)にもう一度行って見たい。とりあえずこれが最大の目標だったが、お金が無いのと、他にもやるべきことやりたい事がいろいろある頃で、なんとなくその計画も尻すぼみになっていった。 やがて大学を卒業し、私は就職した。忙しい日々の中で、オージーボウルの事も忘れがちになっていった。新入社員だった私には、独身寮の一室が与えられることになった。 この寮では各部屋まで衛星放送の端子が来ていて、チューナーさえあればNHKの衛星放送を視聴することが出来た。私は早速BSチューナー付きのビデオデッキを購入し、毎晩のようにBS放送を見ることになった。なんと言っても、お目当ては海外スポーツ中継である。特に昔から好きだったMLBやNFLが見られるようになったのが嬉しかった。 そんなある日曜日、私は新聞のテレビ欄を見て驚いた。なんとBS-1で、「オージーボウル・グランドファイナル」を中継すると言うのだ。私は興奮して、思わず新聞を持つ手が震えた…かどうかは定かではないが、しかしこの時の喜びは今もハッキリと覚えている。またあのオージーが見られるなんて!しかもNHKで。私は信じられない思いで、放送が始まるのを心待ちにした。数時間後、番組が始まった。 間違いではなかった。紛れも無く、あのオージーボウルである。しかも横浜でのエキジビション・ゲームような親善試合ではなく、正真正銘本物の公式戦、しかもグランド・ファイナルだ。私は食い入るように画面を見つめていた。実況はNHKの三原アナウンサー、そして解説にはオーストラリア人のジェイコブ・デディック氏。またゲストとして、慶應義塾大学オージーボウル同好会の主将が出演しコメントしていた。 初めて見るオージーボウルの公式戦の迫力は凄かった。やはりスピードと激しさがまったく違う。2時間の番組も、あっと言う間に終了してしまった。 これがオージーボウルだ、これこそ俺の求めていたものだ!私は狭い部屋の中で叫びたい心境だった。 番組を録画した私は、おなじくスポーツ好きの友人にそのビデオを貸してみた。しかし彼らの印象はあまり芳しくなかった。ルールがよく分からないし、なじみが無いのであまり面白く感じなかったと言う意見が圧倒的であった。 しかしいったん醒めていた私のオージーボウル熱は、これで一気にぶり返すことになった。またまた「現地でオージーボウルを見たい、情報を集めたい」という気持ちが強まってきたのである。 それには厚い障壁があった。英語である。日本語による情報が無い以上、英語による現地情報に頼るしかない。また現地に観戦に行くにしても、今度は個人旅行で、心行くまで観戦を楽しみたい。その為には英語が出来ないと、移動からチケットの購入、そして現地のファンとの交流なども出来なくなってしまう。 私は少しずつではあるが、英語の読み書きや会話の勉強をはじめてみた。英語の雑誌や英字新聞を購入しては読むことにしたのである。そこで私は思わぬ発見をした。「Japan Times」や「Daily Yomiuri」と言った一部の英字新聞には、オージーボウルやラグビーリーグ、またクリケットと言った豪州スポーツの囲み記事や試合結果が掲載されている事が分かったのである。これを毎週定期的に買い求めたり、近所の図書館で読んだりして情報を蓄積していった。またグランド・ファイナルの放送こそその年で終わりになってしまったが、同じくNHK-BSで放送していた「トランスワールド・スポーツ」と言う海外のスポーツ情報を紹介する番組で、毎週定期的にオージーボウルの試合ダイジェストを放映していることが分かったのだ。私はこの番組を毎週録画し、更に該当部分だけダビング編集をした。オージーボウルなどのいわば「幻の豪州スポーツビデオ」をオリジナルで作成していたわけだ。こうして、私の心の中では、オージーボウルへの思いは最高潮に達していた。(続く) |
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