もう一つの格闘球技 オーストラリアン・フットボール
第二回:失望 初めてのオーストラリア旅行、初めてのシドニー。そして、初めてのオージーボウル。 何の情報もないまま、私は未知の格闘スポーツ「オージーボウル」をこの目で見たいという、ただそれだけの気持ちで豪州行きのチケットを買い求めた。そしてその夢が、いままさに実現しようとしていたのだった。興奮するな、というほうが無理な話だ。 スタンドに通ずる階段を早足で駆け上がり、遂に私はスタジアムの中に足を踏み入れた。そしてそこで行われていたものは… 広大なフィールドの中、真っ白なユニフォームに身を包んだ十数名の男達が、ボールを投げ、打ち、走り、そして打球を追いかけていた。スタンドではまばらな観客が、リラックスした雰囲気の中選手に声援を送っている。みな、右手にはビールの入った紙コップを手にしていた。 私は、心の中で叫んだ。 「ち、違う…これは、オージーボウルじゃない…!」 これは明らかに、全く別のスポーツだ。私は、とんでもない見当違いをしていたことに気付いた。これはフットボールというよりも、むしろ野球に近い競技だ。 超満員の観衆、激しい肉体のぶつかり合い、叫び、怒号、湧き上がる拍手…私が期待していたものは、そこには何一つなかった。むしろ陽だまりの中、まったりとしたムードの観客と、どこか余裕のある選手達が織り成す巨大な日向ぼっこ空間、といった趣があった。 私はがっくりした。なんだよ、てっきりオージーボウルのスタジアムだと思っていたのに… 失意の私は、しかしじっくりとそのゲームを観察してみた。プレイヤーたちは、まるで昔のテニスウェアのようなズボンに白いポロシャツ、そして頭にはヘルメット。守備の選手の中には、カウボーイのような帽子を被っている者もいる。 フィールドの真中にはバッターが、大きなへらのようなバットを持って持ち構えている。そして反対側に位置するピッチャーが、後方から走りこんで、渾身の力をこめた速球を打者めがけて投げ込む。バッターはそれを打ち返すと、まっすぐ直線的に走り、対角線上のベースにバットの先端でタッチしては、また打席に戻ると言う動作を繰り返す。これがどうやら得点の方法らしく、打者が走るたびにスコアボードの数字が更新されていった。 はじめはよくルールが分からなかったが、小一時間も眺めているうちにだんだんとその概要を掴んでいくことが出来た。そして私は隣にいたおじさんに、たどたどしい英語で尋ねた。「ここは何処ですか?」 おじさんは、一瞬驚いたような表情を見せ、次に「呆れた!」と言うような大げさな手振りでこういった。 「シドニー・クリケットグラウンドだよ!知らないの?」 私がオージーボウルだと信じて入ったスタジアムは、実は英国の国技・クリケットの競技場なのであった。 私は競技場内をゆっくりと見学して回った。そしてここが大変由緒ある、国際試合などのビッグゲームにも使われるような大競技場であることを知った。どうりであのオジサン、驚いたはずだ。日本でたとえていえば、国立競技場で「ここはどこですか?」と尋ねているようなものなのだろう。 はじめてみるクリケットは、とても新鮮だった。ルールが完全に把握できたわけではないが、思っていたよりもシンプルなスポーツで、それなりに楽しめることが出来た。 しかしそれでも、私の中から失望感が消えることはなかった。やはり、オージーボウルが見たい。どうしても見たい…いったいどこに行けば、オージーボウルの試合をやっているんだ。 競技場を後にした私は、駅のスタンドで新聞を買い、スポーツ欄を探してみた。記事の内容は殆ど理解できないが、写真だけでも見つけることが出来れば…その辺りに、何か手がかりが載っているに違いない。 だがどこを見てもクリケットなど他のスポーツの記事ばかり。オージーボウルの記事を見つけることは出来なかった。 一日中市内を歩き回って、遂にスタジアムを発見することは出来なかった。部屋に戻ってみると、ビーチに出かけていた友人がもう戻っていた。彼もまた、浮かない顔をしていた。 「どうしたの?」 「いやそれがさ、トップレスの綺麗なお姉ちゃんがいたんで『写真撮っていいか?』って聞いたら、その姉ちゃんすんげぇ怖い顔してNo!って怒鳴るんだよ。別に良いじゃねぇか、写真撮るくらい」。 翌日、観光ツアーに入った私は、日本人の添乗員にオージーボウルのことを尋ねてみた。すると意外な答えが返ってきた。 「今は夏ですから、フットボールのシーズンじゃないですね。来月くらいから始まると思いますよ。ちょっと調べてみましょう」 そしてその答えは、さらに私を失望させるものであった。 「来週から、シーズンが開幕するそうです。場所は、シドニー・クリケットグラウンドです」 ら、来週…!俺たち今週末で帰国だよ。なんと1週違いで、フットボールを見逃すのか。
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